翠川 飛鳥

東京都足立区出身。「ノマド系指圧師」として活動。40歳を機にミニマリズムに目覚め、東京から南熱海、そして草津町へ移住。草津ではコワーキングスペースにて指圧コーナーを運営。現在は福島県いわき市を拠点に、自然に癒されながら発見の日々を楽しんでいる。「人体は小宇宙!体がゆるめば心も軽くなる!」がモットー。

抗っていた道が天職に。20代の迷いを吹き飛ばした「やってみてもいいかな」という転機

子供の頃は、どのような環境で育ちましたか。

飛鳥:私は東京都足立区の出身で、まさにのどかな下町という場所でした。45年くらい前なので、私が生まれた頃はまだコンビニもなくて。路地や道路で近所の子と遊んだりするような、のんびりした環境でしたね。綺麗な街というわけではなかったけれど、楽しく遊んでいました。 個人商店や駄菓子屋さん、お豆腐屋さんもあって、その周辺で生活が完結するような感じでした。今は商店街のお店もほぼ閉まってしまって、駅前にはマンションが増えましたね。だいぶ変わりました。 そうして様変わりした地元を客観的に見てみると、「よくこんなごちゃごちゃしたとこ住んでたな」って思いますね(笑)。やっぱり人や車が多くて歩きづらいので、自分には自然が多いところが合っているんだなと再確認しています。

子供の頃や学生時代、夢中になっていたものはありますか。

飛鳥:漫画やアニメが結構好きでした。『セーラームーン』や『幽☆遊☆白書』とか。 小学校の時は漫画イラストクラブに入ったんですけど、女の子で自分の学年は私一人しかいなくて。当時は今みたいにオタク文化が一般的じゃなかったので、すごくオタク感があるのが「ちょっと恥ずかしいな」と思いながらやっていました。田舎の地域だったから、少し目立つことをやると「あすかちゃん何やってんの?」みたいに周りに言われるんですよ。そういう生きづらさや息苦しさみたいなものは感じていました。 だから、本当に仲の良い親友一、二人の前だけで好きなものの話をして、公にはあまり言わなかったですね。

ノマド系指圧師アスカ / 翠川飛鳥

マッサージの道に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

飛鳥:20代の終わり頃に、鍼灸と指圧の国家資格の学校に3年間通ったのが始まりです。でも、そこの道に行くまでは色々と葛藤がありました。私は生まれつきの遺伝で視覚障害があって、幼少期から「周りとちょっと違うのかも」という中で育ったので、なんとなくコンプレックスがあったんです。 高校や短大の時は自分のやりたいことがはっきりしていたから、「目が悪いからこの道に行く」みたいなのがすごく嫌でした。視覚障害がある人は、あんまやマッサージの方に行く道が職業訓練として用意されていて、ある一定数の方はそちらに進むんですが、私はそれに反発していて違う方向に行きたいとずっと思っていました。 でも、20代の頃にいろんなアルバイトや仕事探しをしてみて、やっぱりうまくいかないかも、と不安や焦りを感じるようになって。20代後半になった時、そんなに言うなら「やってみてもいいかな」くらいの気持ちでマッサージをやってみたら、本当にリラックスしてできたんですよね。今まで持っていたコンプレックスや焦りがあんまりなくて、「あ、そうなんだな」と腑に落ちて。そこから学校で学んで、この道に進みました。

40歳で目覚めたミニマリズム。東京を飛び出し、森と温泉の町へ

これまでに何度か移住を経験されていますが、最初の移住のきっかけについて教えてください。

飛鳥:東京で生まれ育ったのですが、40歳を目前にして「ミニマリズム」に目覚めたんです。ミニマリストというと物が少ないイメージがあるかもしれないですが、私にとっては「自分の中の価値観をはっきりさせて、そこまで大事じゃないものをそぎ落とす」ということでした。大事なことだけをはっきりさせて、その他の些細なことにはエネルギーや時間、脳のリソースを割かないと決めたんです。 そこから3年くらいかけて断捨離をしていく中で、残りの人生について考えました。その時に「海か森の近くで暮らしたい」という思いが湧いてきたんです。両親がアウトドア派で、昔からゴージャスなリゾートではなく素朴な自然の中によく連れて行ってもらっていたので、幼少期から自然が好きだったんですよね。東京の生活はもう自分にとって必要なものではないから移住しようと夫に相談したら、彼もついてきてくれました。

どのようにして移住先を決めていったのでしょうか。

飛鳥:海か森の近くで暮らしたかったので、最初は海が見えて東京に3時間くらいで戻れる場所を探しました。逗子なども見たんですが、たまたま熱海で見つけたマンションが、海が目の前というか、下が海で岩場に直結しているような築50年近い古い建物で。熱海にこだわりがあったわけではなく、たまたまそこが良かったんです。 熱海で2年暮らす中で、静岡のいろんな土地を巡ってローカルな風土や文化を発見するのが楽しくて、「もっといろんなところを見たいな」という冒険心が湧いてきました。海を経験したから次は森かな、と夫がネットで探してくれて。たまたま草津に面白そうな物件があったんです。リゾートホテルの大浴場と繋がっていて使い放題になるという物件で、夫が「あ、ここの物件ちょっと面白いよね」と見つけてきて、内見に行ったら良かったので即決しました。

実際に草津で暮らしてみて、どのような印象を持ちましたか。

飛鳥:すごく気に入りました。家のすぐ裏手にサイクリングロードがあって、歩いて5分で遊歩道に行けたんです。直に散歩に行って森に入れたので、それが本当に心地よかったです。 移住してからは、草津や吾妻郡のあまり知られていないマニアックなお店や、品木ダム、チャツボミゴケ公園など、素朴な自然を紹介したいと思ってnoteで発信も始めました。

草津で指圧のお仕事を始めるに至った経緯を教えてもらえますか。

飛鳥:草津のコワーキングスペースの一角を間借りすることになったのですが、これもたまたまなんです。夫が求職中で、オープンして間もない温泉コワーキングスペースの求人を見つけたのがきっかけでした。無事に採用されて、そしたら夫が「妻がマッサージの間借りをさせてもらえませんか」とお願いしてくれて、見事に借りられることになってしまったんです。私的には「本当にいいの?」という感じで、思いもよらないスタートでした。 もともとは、すでにあるホテルや旅館などで業務委託として働くイメージを持っていました。でも移住してから草津の人たちを見ていると、観光客のために一生懸命働いているから、私はこの地元の人たちを癒してあげたいって思ったんです。実際、お客さんの半分くらいは地元の方で、定期的に通ってくださるようになりました。

草津の火山エネルギーがくれたギフト。技術よりも「自分の状態」が人を癒す

ノマド系指圧師アスカ / 翠川飛鳥

コワーキングスペースでの出会いや経験は、ご自身の指圧や価値観にどのような影響を与えましたか。

飛鳥:私の中で、草津はすごく大きな「価値観のシフト」があった場所です。13年ほどキャリアを積んできて、探求心もある方なので、今までは解剖学や生理学f、テクニックなどの「知識と技術」に頼っていたんです。この筋肉をほぐせば緩む、というような思考重視でした。 でも、コワーキングスペースでやり始めて半年くらい経った頃、あの空間で自分が楽しくやっていると、お客さんの反応が驚くほど良いことに気づいたんです。「技術よりも、自分の状態を整えることの方が大事なんだ」って。自分がいい感じの状態で、楽しい気分で施術をすると、お客さんの満足度が全然違う。観光で来ている方の楽しい雰囲気も相まって、場の空気感がすごく良い影響を与えてくれました。

草津という土地の環境が、ご自身に与えた影響は大きかったのでしょうか。

飛鳥:そうですね。草津は他の温泉地とは一線を画す独特の魅力があります。白根火山が近くて硫黄の成分も強くて、エネルギーがすごく強い気がするんです。 自然に近いところにいると、自分の感覚や本能的なものが研ぎ澄まされていくんですよね。今までは思考重視で動いていたのに、草津に移住してからはさらに感覚重視になって、動物的な直感で行動するようになりました。草津の火山のエネルギーや、人の温かさ、受け入れてくれる懐の大きさ。そういうものが、私にいろんなことを気づかせてくれたんだと思います。ただ楽しかっただけじゃなくて、自分の感覚を研ぎ澄ませてくれた、本当に草津からの大きなギフトですね。

「ノマド系指圧師」という肩書きは、いつ頃から名乗り始めたのですか。

飛鳥:現在は福島県いわき市を拠点にしているのですが、そちらに引っ越してきてからなので、3ヶ月くらい前からです。草津を離れる時、お客さんにそのことを伝えると「残念です」と空気が重くなることが多くて。私は別れが全然寂しくなくて、縁があればまたどこかで会えると思っているので、その重い空気を払拭したかったんです。「またどこかの温泉地で会いましょうね」と軽く声をかけていました。 私は移住生活を楽しんで、お客さんは旅を楽しんで、その場所がたまたまリンクした時に来てもらえたらいいなと。そういう商売の仕方も面白いなと思って、「ノマド系指圧師やります!」と宣言しました。調べてみたら「ノマド薬剤師」という言葉もあって、デジタル系のクリエイターじゃなくても、こういう新しいノマドの形もあるんだなと気づきました。

風の通り道で心地よい小商いを。縁があれば、またどこかの温泉地で

今回、マルシェ(2026.06.06)に出店するため、半年ぶりに草津に戻って来られます。再びこの場所で出店することにはどんな意味がありますか。

飛鳥:別れがあっても一時的なもので、タイミングが合えばいつでも繋がれると信じています。だから、今回マルシェの機会があって草津に戻れるのは純粋に嬉しいですし、面白いなと思っています。前の常連さんたちにも連絡をして、また再会できたら嬉しいですね。

今後、「こんなことをしてみたい」という未来のビジョンはありますか。

飛鳥:草津のコワーキングスペースでやっていた時、お客さんが感動してくれて。「今までこの指圧師人生でこんなに感動してもらったことないよ」というくらい、喜びが炸裂したんです。それが忘れられないから、やっぱり自分で小さくても「小商い」をやっていきたいなと思います。今はチェーン店に所属しているんですが、自分でやっていくのはすごく楽しいし、喜びが倍増するので。

その「小商い」は、どのような場所でやっていきたいというイメージがありますか。

飛鳥:自分の店舗を持つことにはこだわっていなくて、自分が施術をしていて楽しくて心地いい空間を作りたいです。自分が心地よければ、自然とお客さまも心地よくなりますから。草津のコワーキングスペースは、風の通りがすごく良くて。窓際から気持ちいい風が流れてきて、鳥の声が聞こえてきたりしたんですよ。そういう、自然を感じられる心地よい空間で、これからも皆さんの心と体をゆるめていけたらいいなと思っています。

ノマド系指圧師アスカ / 翠川飛鳥

編集後記

進路への葛藤や焦りといった心の重荷を少しずつ手放し、自分にとって本当に心地よい生き方を見つけ出した翠川さん。インタビューを通して印象的だったのは、どんな変化も面白がり、軽やかに受け入れていくその姿勢だ。「自分が楽しめば、相手も心地よくなる」。そんなシンプルな真理を胸に、彼女は今日もどこかの町で、縁ある誰かの心と体を優しくゆるめている。