


主催・進行を務める草津コワーキングスタッフの宇原妃那(うはら ひな)さんの明るい声かけによる『チェックイン』で会はスタート。集まった参加者の顔ぶれは実に多様です。オンラインで子どもたちにプログラミングを教える講師、火山観測所で長年研究を続ける大学教授、町の職員として働きながら3人の子どもを育てる母親、移住してきて和菓子屋と農業を営む方。さらに後半からは、移住者のシングルマザーや、飲食店勤務の方、ホテル経営に携わる方なども合流しました。生まれも育ちも草津という方もいれば、移住して数年という方もいます。世代や職業、移住歴も異なる住民たちが、肩書きを下ろしてフラットな関係でテーブルを囲みました。

この会の目的は、誰かを批判したり、すぐには実現不可能な理想を厳しくジャッジしたりすることではありません。「町民の皆さんが感じている子育てや教育の課題、抱いている理想を共有し、目指す町の姿を具体的にしていくこと」です。およそ3時間にわたる白熱した対話を通して見えてきたのは、草津の最大の特徴は、大自然や観光資源だけではなく、良くも悪くも「人」にあるということでした。
草津で育つということ――圧倒的な自然と「密なコミュニケーション」
会の前半では、草津で子育てをするメリットについて意見が交わされました。進行の宇原さんが、事前に町民から集められたアンケートを大きく3つのカテゴリに分類して共有し、それをもとに議論を広げていくという形がとられました。アンケートで多くの人がメリットとして挙げており、参加者も大いに共感したのが「大自然と温泉の恵み」です。
草津には、火山や温泉、はっきりとした四季があり、感性を育むには絶好の環境があります。ここで、火山観測所の教授から、非常に興味深い専門的な視点が提供されました。「草津は、安全に見られる火山・地学のフィールドワークの場所として、全国的に見ても最適解なんです」。全国的に地学を教えられる教員が不足している中、草津の地形や地質、温泉の成り立ちは、それ自体が生きた教材の宝庫です。過去には、県外の高校生たちが草津へ合宿に訪れ、実際に山を歩きながら地形の断面図を描き、なぜそこに影ができるのか、なぜこの地層からしか温泉が出ないのかを考える高度な授業が行われていたといいます。


次に挙がったのは「観光地ならではの経験」です。大人が真剣に働く姿を日常的に見ながら育つことができ、国内外から多くの人が訪れるため、幼い頃から多様な言語や文化に触れる機会が豊富にあります。「こども園のクラスの数名が外国籍の子どもたちで、子ども同士で自然と英語や日本語を教え合っている」という驚きのエピソードも共有されました。

そして、もう一つの大きな特徴として時間をかけて話し合われたのが「人間関係の密さ」です。地域全体で子どもを見守る温かい土壌があり、こども園から中学校まで少人数で過ごすからこそ、兄弟のように育つことができる環境が評価される一方で、この「密なコミュニケーション」は両義性を持っています。狭い社会ゆえの「生きづらさ」や「過干渉」、そして「逃げ場がない」といった弊害も生み出してしまうというリアルな実態についても、参加者たちは深く意見を交わしました。
浮き彫りになるリアルな課題――進路の絶望と「隙間しかない」預かり体制
独自の環境ゆえの切実な課題についても、現場のリアルな声が飛び交いました。
最も深刻な課題として共有されたのが「教育環境と進学の壁」です。単に町内に高校がないという問題ではありません。町外の高校に行く場合の交通機関(長野原草津口までの朝5時半発のバスなど)が充実していないことや、渋川市にある唯一の下宿先が管理人の高齢化により今後なくなってしまう危機にあるという現状が問題視されました。
「草津で暮らしていると、本人のコントロールできない部分によって進路が決まり、キャリアが絶たれてしまうのではないか」「通学手段や下宿先が確保できないからといって、本来行けるはずの高校のレベルを落として進学先を選ぶ子がいるのが現実」。この衝撃的な事実に、会場からは「そんなことになってるの?!」という驚きの声と、「そうなんだよね」という実感の伴う深い頷きの両方の反応が入り交じり、事態の深刻さを物語っていました。

また、「保護者の負担」も見逃せません。草津では「家族体験学びの日」という独自の素晴らしい制度があるものの、日常的な放課後や休日の預かり体制については「まだ隙間がある」どころか「隙間しかない」という厳しい雰囲気が漂っていました。特に観光業のシフト(朝食時と夕食時が最も忙しい)は、一般的な子育て支援の預かり時間とミスマッチを起こしやすく、希望する職に就けないという悩みが語られました。
草津の宝は「人」――「教科書になれる大人」たちとの出会い
こうした課題が山積する一方で、この町には希望となる強烈なポテンシャルが秘められています。それは、草津に暮らす「人」のタレント性です。
草津という小さな町には、実は驚くほど多彩な才能が揃っています。フランス語を流暢に操るホテル関係者、火山の専門家である大学教授、無農薬で農作物を育てるプロの農家、そしてオンラインで子どもたちを指導するプログラマーなど、多様な背景を持つ大人たちが日常の中にいるのです。
彼らがその専門性やスキルを発揮し、魅力的な大人として子どもたちと日常的に出会う機会があればどうなるでしょうか。「あの人みたいになりたいから、あの大学に行きたい」「あの人のように世界と関わりたい」――そんな目標となる具体的な「人」の存在こそが、子どもたちの進路を決める強い動機になるはずです。草津には、学校の枠組みを超えて「教科書になれる大人」が町の中にたくさんいるのです。

ピンチをチャンスに変える「血縁を超えたコミュニティ」の創設
では、預かり体制の不足や進学の壁といった厳しい課題をどう乗り越えるか。ここで提案されたのが、草津の「人」の強み、そして特徴的な環境を課題解決に転換するアイデアです。
首都圏のような行政主導のファミリーサポートの仕組みがなく、生活を回すのが厳しいという現状に対し、草津ならではのアプローチが求められました。それは、高齢者が多く、心地よいおせっかいが焼ける「密なコミュニケーション」という町の特徴を良い形で昇華させることです。使われていない施設を活用して預かり場所を作り、子育てを卒業した世代や多様なスキルを持つ町民が関わる。血縁を超えた「地域で子育てをシェアするコミュニティ(ファミリーサポート等)」を創設する。これこそが、ピンチをチャンスに変える「草津型コミュニティ教育」の萌芽となるはずです。
中途半端に都会を真似しない。草津にしかできない「尖った」未来像
後半は、3色の付箋(理想の草津っ子像、必要な教育方針・施設、理想達成のための課題)を使ったワークショップが行われました。



「理想の草津っ子」として多く挙がったのは、「火山や温泉など自分の町の自然に詳しい」「オープンマインドで誰とでも分け隔てなく接することができる」「草津出身であることに誇りを持ち、外で自分の町をアピールできる」「いざという時に人を助けられるサバイバル能力がある」といった姿でした。
こうした子どもたちを育むために、参加者からは町政にも届けたい「中途半端に都会を真似しない、草津ならではの尖った教育」への具体的なアイデアが次々と飛び出しました。


町全体を「フィールドミュージアム」に
日本にほとんどない「火山と温泉の博物館」を創設し、自然の成り立ちを学べるツアーを整備する。これにより、町内の子どもたちのシビックプライド(町への誇り)を育むとともに、町外からの教育ツアー(エデュツーリズム)を誘致する。
「現代の寺子屋」の創設
学習塾がないのなら、地域で作ればいい。空き施設を利用し、専門知識を持つ町民や、都会から滞在する大学生・研究者が先生となって教え合う「現代の寺子屋(アカデミックな拠点)」を作る。
「防災トップシティ」としてのサバイバル教育
活火山というリスクを逆手に取り、豊富な温泉(エネルギーと水)と固い地盤を活かす。いざという時に町全体や旅館がシェルターとなる機能を持たせ、災害時に生き抜く力を育む教育に特化する。
インターナショナルな人材育成
観光地という多国籍な環境を最大限に活かし、多様な言語が飛び交う学び合いの場や、海外の文化と触れ合う機会を創出する。


草津の可能性は「人」にある
白熱した対話の時間はあっという間に過ぎ、会の最後には参加者全員で感想を共有する
「チェックアウト」が行われました。
「今まで教育について一人で考えてきたけれど、一緒に動けそうな仲間と出会えたことが何より嬉しい」「地域に合わせて尖った場所にしていけばいいんだと気づいた」「打ち上げ花火で終わらせず、持続的に取り組める核を作っていきたい」「困っているお母さんたちを支えられる、もっと優しい町にしたい」。
「草津の教育について考える会」は、教育の話をしているようで、実は「草津という町の可能性」を再発見する時間でした。
大自然や温泉はもちろん素晴らしい。しかし、草津の未来を真に変え、子どもたちの道を切り拓いていくのは、良くも悪くもこの町にいる「人」です。
「あの人みたいになりたい」と憧れを抱かせるタレント性あふれる大人たちがいて、血縁を超えて子どもたちを支え合うコミュニティがある。進学の壁や労働環境などすぐに解決できないハードルはありますが、「無ければ、みんなで創ればいい」という逞しさがこの町には根付いています。ここから生まれた無数のアイデアと人の繋がりが、草津という町をさらに豊かにしていく。湯けむりの向こうに見える町の未来が、今から楽しみでなりません。