森田耕
観光協会での経験がお店作りのヒント。地域の“これがあったらよかったのに”を解決するコーヒー店
森田さんは東京出身だそうですが、草津町に移住したきっかけは何だったのでしょうか?
森田:東京で開催された草津温泉のプロモーションイベントに足を運んだ際、現在の妻と出会いました。関東出身の妻が草津町に魅力を感じたIターン移住者だったこともあり、お付き合いをきっかけに私自身と草津町との縁がスタートしました。3年ほど経ったある日、当時の観光協会の方が「草津町にいつ引っ越して来るの?」と私の背中を押してくれて。大学卒業後はプロの奏者として音楽関係の仕事をしていましたが、当時40歳手前になり将来を考えている最中だったので、これを機会に環境を変えてみるのもいいなと思って、一歩踏みだすことを決意しました。ですので、僕は移住・転職・結婚のタイミングが全て同時期だったんですよね。
移住・転職・結婚が一緒!森田さんを取り巻く環境が一気に変わったんですね。
森田:移住して最初に就職した先は観光協会で、5年半ほど勤めました。ミッションは観光資源の磨き上げや人材不足解消などの分野です。具体的には熱乃湯(湯もみショー)の企画運営、イベントプロモーション、観光庁主導のDMO(観光地域作り法人)の担当、デジタルマーケティングなど多岐に渡っていました。
幅広く活躍されていたんですね。
森田:そうですね、いろいろ不慣れなことが多く大変でしたが、その活動が今の店舗経営につながっています。
観光協会は、訪れる人の動向や意見を吸い上げて、まとめたものを形にするのが仕事です。その中で、観光客はカフェや朝ご飯を食べる場所だったり、Wi-Fiや電源が使えて仕事ができる環境を求めていることを知りました。そこで、商売を始めるなら、こういう声に応えられる店を作ろうと思ったんです。元々個人事業主だったこともあり、再び独立を視野に入れはじめたタイミングでもありました。
なるほど。地域事業者の方と話したり観光客をおもてなしする中で、草津に求められているものが明確になり、今のカフェの形になっていったと。
森田:はい、前職の経験はかなり参考にしていますね。たとえば、朝に東京発の高速バスに乗ると、草津温泉バスターミナルに到着するのは昼頃。ですが、どのお店も大体14時くらいから休憩してしまいます。17時頃から夜営業を再開するのがほとんどなので、草津温泉に着いたものの行き先に悩む観光客が多くいることが課題でした。そういう部分を自分の店で補完できるといいなと思ってカフェの事業計画を練りました。
地域の“これがあったらよかったのに”を解決してくれるお店ですね。
森田:観光協会を辞めてお店を始めるという話をしたら、何人かには反対されるかなと思っていたんですよ。「せっかく安定している仕事なのにもったいない」って言われるかもしれないなって。実際は逆でした。「いいね! どんどんやってみようよ」とみなさんに起業を歓迎され、後押しされました。とても驚きましたし、ありがたかったです。
周囲の方は、どういうところを喜んでくれていたのでしょうか?
森田:地元のみなさんは、草津町にお店が不足していることを実感しています。草津温泉の場合、料理人の数だけでなく、お給仕する人が少ないと、ホテルや旅館は十分なサービスを提供できません。たとえば、100人収容できる旅館があるとした場合、予約は満室取れても人手不足で料理を出せるのが60人分になってしまうと、40人分の機会損失になってしまう。そんなリスクを負わないよう最近では食事を出すこと自体を止める施設が増えましたね。食事処や厨房を改装して、別の業態に変えています。そうすると今度は宿泊客が食事をするために街へ繰り出すのですが、そのときに今度は食事客を受け入れる飲食店の数が少なすぎるという悪循環が生まれているのです。
なるほど。人気の観光地ならではの課題ですね。
森田:実際、休日夜の湯畑周辺の飲食店は、観光客であふれていてなかなか入れないんですよね。町の方は身をもってこの課題を感じているので、カフェ開業が解決の一手になればと期待して受け入れてもらえたのかもしれません。
温泉という最高の地域資源に甘えず、「変えていかないといけない」
観光協会で働かれていた森田さんが考える、草津の魅力は何でしょうか?
森田:一番の魅力はやはり温泉でしょうね。草津のように源泉が町の中心にある温泉地は、全国的に見てもほとんど存在しません。一般的に温泉街は、河川の流れに沿って形成されるケースが多く、例えば兵庫県の城崎温泉や、島根県の玉造温泉などは、源泉が街の中心から離れた場所にありますが、草津温泉は温泉が湧き出ている場所を中心に街が形成されています。自然湧出量も日本トップクラスで、すべての温泉が源泉かけ流しにできる豊富な湯量を継続できているのは、唯一無二の存在です。
とても貴重な地域資源ですよね。
森田:温泉が最大のコンテンツではあるものの、そこに甘えているだけでは問題だよねという考えが若旦那や若女将の世代で広がってきています。宿でも飲食店でも、おもてなしや設えのレベルを上げていき、訪れる人に末永く草津を楽しんでもらおうと試行錯誤して新しい取り組みに挑戦しています。かつて、湯畑は共同浴場がある場所でしたが、芸術家・岡本 太郎氏のデザインによって草津温泉を象徴する観光スポットに生まれ変わりました。湯畑や西の河原公園のライティングも、若い観光客たちに興味を持ってもらいたいとはじめたものです。
なぜ若者にフォーカスしたプロモーションを、積極的に行うのでしょうか?
森田:草津温泉で働きたいと思う若い世代が集まらないと近い将来、本当に町が寂れていってしまうという危機感からです。このままだと人手不足倒産みたいなことが起きかねないので……。昔は高齢者が多く集まる温泉街でしたが、あの手この手で若者に知ってもらうようにチャレンジしてきましたし、これからも挑戦し続ける必要があるのではないでしょうか。
観光協会で働いていたので地元の方と交流する機会に恵まれていたと思いますが、森田さんが考える“くさつびと”とはどんな方々でしょうか?
森田:草津に住む人は、パワーのある人がすごく多いですね。単純に体力の面でもそうなんですけど、発想力や実行力がとても勉強になります。なかでも僕が理事を務める飲食店組合の組合長は、特に体力のある方だと思います。さまざまなところに顔を出して情報を集めてきて、「商工会と連携してあれやろう」「観光協会とはこれをやろう」ととても精力的に活動しているので尊敬しています。
草津町はイベントを多く開催している印象があります。
森田:イベントの管轄は観光協会や商工会、飲食店組合など内容によって異なりますが、どこが中心になっても盛り上がっている印象です。2018年からは、湯路広場に10m以上のモミの木を持ってきて飾り付けするイルミネーションもスタートしました。イベント準備のために早くお店を閉めたり休むこともありますが、それでも活動が続いているのはみんなが地域のことを最優先で想っているから成り立っていると感じています。ここぞというときに一丸となって活動している印象ですね。僕も実は今日はお店を早く切り上げて式典保存会主催の『草津温泉感謝祭』の練習に参加する予定です。
森田さんもカフェ以外にもたくさん地域活動をしていると思いますが、一体いくつ肩書きを持っているんでしょうか?
森田:そうですね、森田コーヒーの店主以外ですと、草津温泉感謝祭式典保存会会員、草津町飲食店組合理事、草津温泉湯もみ保存会事務局長、食品衛生指導員などでしょうか。気が付いたら、どんどん町での肩書きも増えてきていましたね。
たとえば、草津温泉湯もみ保存会ではどのような活動をされているのでしょうか?
森田:1960年から始まった草津温泉湯もみ保存会は、湯もみの歴史を後世に伝えていくのが主な活動です。
草津温泉の源泉は直接入浴することはできないほど高温なため、湯をもむことで適温に調節する必要がありました。湯治で訪れた人は、湯もみと入浴をセットで行うことで自然治癒力があがり、心肺機能の強化にもつながったと言われています。草津温泉で考案された入浴法である湯もみを多くの人に知っていただくために、メディア向け取材の窓口業務も担っています。
音楽とカフェの共通点は『ジャムセッション』
元々音楽家として活動していた森田さんですが、音楽とカフェの共通点はあるのでしょうか?
森田:注文が重なったり、忙しいタイミングになると、「まるで演奏しているみたい」と考える瞬間があります。複数のテーブルをマルチタスクで回す作業が、まるで即興で演奏するジャムセッションをしているようなんです。どんなオーダーが来たとしても、持っている全部のスキルを投入して場に挑む感じが似ています。
セッションも組む相手やお客さんの雰囲気でどんどん局面が変わりますもんね。
森田:そうですね。セッションでは、自分が場を仕切ることもあれば、初対面のピアニストやヴァイオリニストと即席で曲を決めて場をつくっていくこともあります。カフェも毎日お客様が変わるので、一緒に場をつくっていくという意味ではある種のセッションと言えるかもしれませんね。
店作りをする上で、森田さん自身が大事にしている考えはありますか?
森田:音楽をしていたときから「普遍的」という言葉が好きなんですよ。ニュアンスとしては「ありがちな」よりも「エバーグリーン(不朽)」と訳した方が近いかもしれません。店づくりをする上でも「普遍的」なエッセンスを入れたいと思い、ナポリタンのように長年愛される喫茶メニューを用意したり、BGMは喫茶店らしい落ち着いた曲を好んで流すといった工夫をしています。訪れた方が「どこか懐かしくてホッとした」「リラックスして過ごすことが出来た」「ここに来るとゆっくりとコーヒーを味わえる」と感じてもらえたら嬉しいですね。
記念日には店主のトロンボーン演奏も。居心地の良さを求めたこだわり空間
店内はイエローの壁紙やトロンボーンの照明など、こだわりを感じますね。
森田:内装は、妻が風水を参考にして縁起の良い色や配置を考えてくれました。お手洗いは、扉を開けたら別空間を味わってほしいという気持ちから、ピンクの水玉の壁紙にしています。お店の名前を覚えてもらえなくても、何か心に引っかかるものがあれば、良い思い出になってくださるかなと思って。
お店に置いてあるトロンボーンは本物ですか?
森田:本物です!訪れた人の誕生日や記念日を教えてもらえれば、トロンボーンの演奏をプレゼントをさせていただきますよ。
森田コーヒーさんの都会のカフェにはない、ゆったりとした空間も心地が良いです。
森田:お客様には落ち着いてのんびりくつろいでもらいたいという思いから、あえて席数を制限し、広々と感じられる空間を目指しました。東京で同じような面積でカフェを運営する場合、高い賃料を回収するために席数も増やして、メニュー単価も高くしなくては経営できません。地方のカフェだから実現できることですね。
最後にメッセージをお願いします。
森田:パソコンで仕事をしても大丈夫ですし、観光客や近所の方の集いの場としてコーヒーを飲みながらおしゃべりするのも歓迎です。テイクアウトも出来るので、コーヒー片手に温泉門や町内散策とかもぜひ。訪れる人が思い思いの時間を、森田コーヒーを通して自由に過ごせしていただけたら幸いです。ぜひお待ちしております!