中澤みれ

群馬県吾妻郡草津町出身。高校進学を機に草津を離れ、都内でアパレルの販売員として働く。アルバイト先のカフェでラテアートに出会い、のちに本格的なコーヒー店で自家焙煎などを学ぶ。3年前にUターンし、2025年7月に「山花葉珈琲」をオープン。現在は平日に他の仕事をこなしながら、土日を中心にコーヒースタンドを営む。

「こんなところで暮らしているんだね」観光客の何気ない言葉が教えてくれた、草津の外に広がる世界

山花葉珈琲 / 中澤みれ

子供の頃はどのようなお子さんでしたか。

中澤:あんまりぐいぐい前に出るタイプではなくて、静かな感じの子供でした。姉が2人いる末っ子というのもあって、上のきょうだいの様子を見ながら動くような、自分から積極的に行動するタイプではなかったですね。家が白根神社や天狗山といった場所に近かったので、よくその辺りに遊びに行ったりして過ごしていました。

草津で生まれ育つというのは、ご自身にとってどのような感覚だったのでしょうか。観光地ならではの視点があれば教えてください。

中澤:私にとっては、草津で生まれて暮らすことは本当に日常であって、特別でも何でもありませんでした。自然とともに過ごすのが当たり前の毎日だったんです。でもある時、観光客の方が「こんなところで暮らしてる人がいるんだね」とおっしゃっているのをどこかで聞いて。それをきっかけに、「確かに、こういうところで暮らすのって少し変わっていることなのかもしれないな」という気持ちになった時はありました。

その言葉は、当時のご自身にどのように響き、受け止めたのですか。

中澤:今でもその言葉はすごく印象に残っていますね。やはり観光としていらっしゃっている方からすれば、ここは非日常の場所なんだろうなと。当時の私は草津というこの世界しか知らなかったのですが、その言葉を聞いて「もっともっと大きくて広い世界が、外にはあるんだろうな」と、少し外の世界を想像しながら過ごすようになった部分はあります。

その後、高校進学のタイミングで一度草津を離れられたのですよね。

中澤:はい。草津には高校がないので、ほとんどの人が町外に出て高校を目指すんです。私も高校の時に一度草津を出て、高崎にある高校へ進学しました。母の実家が高崎方面にあって時々行く機会はあったので、「少し都会で生活ができるんだな」と、時々ワクワクするような気持ちもありました。

実際に外へ出てみて、草津という町の見え方は変わりましたか。

中澤:そうですね。やはり草津って、人と人との距離がすごく近いんです。外の世界に出れば出るほど他人との距離が遠く感じられたので、「あのアットホームな環境って珍しいんだな」と改めて気づかされました。たまに帰省した時などは、心が穏やかになるような感覚がありましたね。

その「近さ」は、中澤さんにとって心地良いものだったのでしょうか。

中澤:いい時もあれば悪い時もありますね。でもトータルで見れば、いい環境だったなと思います。やはり観光地という一つの場所にぎゅっとまとまっていて、同じ商売をしている人も多いですし、学校も一つしかない。みんなで交わる機会が多いので、知り合いの知り合いでどんどん繋がっていくんです。それが良くも悪くも距離の近さであり、少し複雑な部分でもあるのかなと感じます。

「できない」悔しさがのめり込む原動力に。アパレルの接客から、一杯のコーヒーで心を通わせる道へ

一度町を出た後、コーヒーの世界にはどのように出会ったのですか。

中澤:元々接客が好きで、東京でアパレル販売員をしていました。お客様のニーズに合わせてトータルで洋服を提案するような、1対1の接客がすごく好きだったんです。洋服の接客は本当に楽しくて。
カフェでもアルバイトをしていて、そこでラテアートに出会いました。思っている以上にすごく難しくて、見る分にはみんなうまく描いているのに、自分でやってみると全くミルクが上がってこないんです。沈んじゃったり、ミルクがちょっとお化けみたいになってしまったり。スチームしたミルクをエスプレッソの上に描いていくのですが、ミルクの加減も大事だったりして。でも、できないのが悔しくてどんどんのめり込んでいきました。まずは基本のハートができるように頑張りましたね。

ラテアートの悔しさが入り口だったのですね。そこから本格的なコーヒーの道へ進むきっかけは何だったのでしょうか。

中澤:同じくらいの時期に、趣味の旅行でベトナムに行った時のことです。家族へのお土産に買ってきたコーヒー豆がものすごく美味しくて。それまで私はブラックコーヒーの美味しさが全くわからない人間だったのですが、初めてそこで「甘みがあって美味しい」という感覚になったんです。そこからコーヒーの世界は面白いなと思うようになり、もう少し踏み込んでみたいと考えて、本格的にコーヒー屋さんで学ばせていただくことになりました。

そこではどのようなことを学ばれたのでしょうか。

中澤:アルバイト先のカフェはサンドイッチとコーヒーを出すようなお店だったので、もっと本格的にコーヒーをやっているところで学びたいと思い、自家焙煎をしているコーヒーショップに入りました。そこはご夫婦で経営されているお店で、オーナーご夫婦の感性やいろいろな部分をすごく尊敬していて、私にとっては恩師のような存在です。そこでは、何十種類という生豆の中からお客様に選んでいただき、好みに合わせて浅煎りから深煎りまで焙煎度合いを変える「注文焙煎」というスタイルでした。その場で焙煎をして出来上がったものをお渡しするので、すごい数の焙煎を経験させていただきました。その他にも喫茶でラテアートをやらせていただいたり、コーヒードリップをしたり、トータルでコーヒーについて深く学ばせていただきました。

そして3年前、ご結婚を機に草津へ戻ってこられました。迷いや不安はありませんでしたか。

中澤:不安はありましたね。いずれは地元である草津に戻っていきたいという思いはお互いにあったのですが、やはりいい意味でも悪い意味でも小さい町なので、少し行き詰まるというか。「広い空気を吸いたい」と感じてしまうこともある場所なんです。中学を卒業してからずっと離れたところで生活していたので、また草津に戻ってその環境で生活していくことには、ずっと町外に出ていた夫共々、多少なりとも不安を感じていました。成人式の時に、お互い都内でアパレルの仕事をしていて学校も近かったことから意気投合し、再会して友人から発展していったのですが、帰ってくる時はやはり少しドキドキしました。

それでも戻る決断をされたのはなぜだったのでしょう。ご家族の反応はいかがでしたか。

中澤:やはり両親もどんどん年を取っていきますし、姉は草津に住んでいないので。自分が戻ってくることに対しては、私の家族も夫側の家族も結構嬉しそうな感じでしたね。そういった周囲の反応もきっかけになって、戻ってくる決断をしました。

「100パーセント納得するまで出せない」葛藤を越えて。森の静寂に包まれた、こだわりが詰まった3坪の城

草津に戻り、「山花葉珈琲」をオープンされるまでの準備期間は長かったのでしょうか。

中澤:そうですね、私自身「お店をやりたい」と思い始めてからが長かったです。コーヒー屋さんで働き始めてから、開業するまで4、5年ぐらいはかかったと思います。

お店の立ち上げで一番大変だったことは何でしょうか。

中澤:自分の中で「自分でやりたい」という気持ちになってから、こだわりが強くなってしまったことへの葛藤ですね。他の人から「もうこれで全然いいよ」と言われても、自分の中だと「いや、これで大丈夫かな?」と不安になってしまって。コーヒー一杯にしても、お菓子一つにしても、自分の中で100パーセント納得するものができないと、お店を出すところまで踏み込めないという心の問題がありました。あとは草津に戻ってきてからは、場所の問題などいろいろな壁がたくさんあって。長い間「やりたい」とは思っていたけれど、「本当にやれるのかな」という思いをずっと抱えていました。

その「これでいける」という自信は、どうやって掴んだのですか。

中澤:やっぱり、回数を重ねたことですね。コーヒーなら、そのコーヒー屋さんでたくさん焙煎をして、お客様の味覚に合わせた焙煎をするという、自分の理想とする味を出せるように。お菓子も何回も何回も作って。何度も繰り返していくうちに、最後には自分の納得いくものが仕上がったりするので、それで「よし、いける」という自信に繋がっていきました。

メニューにはコーヒーと一緒に米粉のお菓子も提供されていますが、なぜ米粉を選ばれたのでしょうか。

中澤:私自身、珈琲の時間に一緒にお菓子を食べることが好きで、珈琲に合うお菓子を一緒に出したいと思ったんです。趣味で作っていた米粉のクッキーが好きで、米粉でしか出せない美味しさや、体に重くないお菓子を共有したいと思い、米粉にこだわりました。米粉のお菓子と聞くと「素朴」と感じる方も多いかもしれませんが、サンカヨウのお菓子は決して素朴ではなく、米粉の良さを活かし、素材の美味しさが詰まった珈琲に合うお菓子を目指して作っています。

現在のお店は、湯畑などの中心地から少し離れた別荘地にありますね。その立地を選んだ理由を教えてください。

中澤:私自身が旅行へ行く時、みんなが行くような中心地にある人気のお店よりも、町外れにあったり、車で森の中に入っていったところにあるお店が好きなんです。だから自分がやる時も、ちゃんと調べてわざわざ足を運んでくださる方が来てくれたらいいなと思い、落ち着いたこの場所を選びました。草津に入ってきて立体交差を渡らずに右側に入っていく、グリーンハイツという別荘地などがある辺りです。

オープンしてみて、いかがですか。

中澤:この通りはホテルを利用するお客様も通ったりはするのですが、やっぱりほとんどの方が調べてわざわざ足を運んでくださる方ばかりなので、この場所にして良かったなと思っています。

お店の建物についても教えてください。

中澤:3坪の小さな建物なんです。テイクアウト専門なので、できる限り小さいお店にして、接客しやすいように窓を広く作りました。その3坪の中に、コーヒーの焙煎機からお菓子を作るスペースまで、私のこだわりを全部詰め込んだんです。「ちょっと入りきらないかな」と思ったくらい本当に詰めたので作業スペースとしては小さいですけれども、その想いがお客様に伝わっていればいいなと思います。

オープン初日のことは覚えていますか。最初の1杯はどなたに淹れられたのでしょうか。

中澤:はい、すごく心に残っています。最初の1杯は、この建物を建ててくださった工務店さんにお出ししました。この建物を建てるにあたって、何件かに話をしたのですが、お世話になった工務店さんが一番親身になって最初から聞いてくださったんです。建物の話が進む前に現場を見に来てくださったり、私のこだわりの詰まった3坪の小屋を親身になって実現してくださったり。本当に温かい方々で、オープンして間もない時に駆けつけてくださったのがすごく嬉しくて。ここにお願いしてよかったなと感じつつ、緊張しながら心を込めてコーヒーを淹れました。

雨に濡れて透き通る「サンカヨウ」のように。儚くも美しい時間を紡ぎ、日常にそっと寄り添う一杯を

店名である「山花葉珈琲」の由来を教えてください。

中澤:山に咲く「サンカヨウ」という花から名前を取りました。サンカヨウの花が咲く期間はとてもわずかなのですが、その期間に条件が重なると、宝石のように透明に輝く姿を見せてくれるんです。その清く儚く美しい姿に心を惹かれて。私もサンカヨウのように、日々のわずかな時間のなかで、日常にそっと寄り添える場所や時間、美味しさを届けていきたいという想いから「山花葉珈琲」と名付けました。本来、サンカヨウは「山荷葉」と書くのですが、「山花葉」という自然の情景が浮かぶ文字を選んで店名にしています。

中澤さんにとって、「自分らしい一杯」とはどんなコーヒーでしょうか。

中澤:美味しいことは前提として、目の前にいるお客様一人ひとりのことを考えて、丁寧に入れた一杯です。流れ作業でパパパッと出すようなお店ではない一杯になるのではないかなと思って淹れています。

アパレル時代の接客のご経験が、今のコーヒーにも通じているように感じます。

中澤:そうですね。アパレルの時にトータルでお客様に提案していたように、コーヒーも本当に、お客様一人ひとりによって「美味しい」と思うものが違うんだなと学んで。だからこそ、自分が「美味しい」と信じられるものを自信を持って提供して、それに共感してくれるお客様と出会えたら嬉しいですね。コーヒーの世界は深すぎてまだまだ答えがないような世界で、面白いです。

中心地から離れた場所での接客には、特別な良さがありそうですね。

中澤:本当にそう思います。山花葉珈琲をやっていなければ出会えなかった素敵な方ばかりなんです。そういったお客様との時間だったり、ここの穏やかさというか。中心地から離れている場所でこそできる時間なのではないかなと思っていて、そういったところでやる接客が私はすごく好きですね。

最後に、10年後の「山花葉珈琲」はどんなお店でありたいですか。

中澤:10年後も今も変わらず、わざわざ足を運んでくださる方々に感謝をしながら、一杯一杯丁寧に淹れて、お客様を第一に良い時間を過ごせるお店にしていきたいですね。そして大きい夢を言ってしまえば、今はテイクアウト専門のお店ですが、いずれは店内などがあるところで、ゆっくりとしていただけるようなお店にできたらいいなと思っています。

編集後記

「これで本当に大丈夫かな?」と自問自答を繰り返し、納得できるまで何度も焙煎とお菓子作りを重ねた中澤みれさん。その強いこだわりと誠実さは、3坪の小さなお店にぎゅっと詰め込まれている。観光地として賑わう草津の中心から少し離れた静かな森の中で、彼女は今日も目の前の一人ひとりと向き合い、その人のためのコーヒーを丁寧に淹れる。雨に濡れて透明になるサンカヨウの花のように、彼女の淹れる一杯と米粉のお菓子は、訪れる人の日々にそっと寄り添い続けている。