井出光治さん

草津町出身。前橋商業高等学校卒業後、前橋市内の生花店で修業に励み、さまざまな経験を積んだのち、草津に戻り家業の「井出生花店」を継ぐ。草津町消防団副団長・草津町商工会副会長。

修業の学びを故郷へ―。名湯の町・草津で生花店を継ぐまで

井出生花店 / 井出光治
二代目店主の井出 光治さん

本日は宜しくお願いします!井出さんは草津ご出身でしょうか?

井出:はい、よろしくお願いします。私は草津生まれ、草津育ちです。学生時代は少し外に出て、高校は前橋に通いました。その後、生花店での修業を経て、再び草津に戻ってきたという感じですね。

前橋に進学されたんですね。その後、生花店の修業に進まれたということですが、どのような経緯でその道に進まれたのですか?

井出:そうですね、高校を卒業してからは、前橋市内の生花店に勤めました。生花店というと、花を売るだけではなく、仕入れから始まり、販売、そしてそれを形にしてお客様に届けるまでの一連の流れを行います。当時はバブルで景気も良く、とても忙しい時期でしたね。

バブル時代の生花業界はかなり盛況だったのでしょうね。具体的にはどのような仕事をされていたのですか?

井出生花店 / 井出光治
高校卒業後から、生花の道一筋で生きてきたという

井出:たとえば、芸能人の葬儀の祭壇や、大きなホールでの舞台装飾など、大規模な仕事が多かったです。ですが、その後バブルが崩壊して、そういった大きな仕事はどんどん減っていきました。

大きな仕事が減少する中、地元に戻られてからはどういった変化がありましたか?

井出:地元に戻った時、草津の印象はかなり変わりました。それまで草津は、私の中では“ただの温泉地”というイメージでした。ある時、他の有名な温泉地に行った時、どこに行っても町の中にお湯が見えなかったんです。草津のように町のどこかに湯が湧いていて、湯気が出ているのが、私の中での「温泉場」の基準でした。だから、他の温泉地に行った時、ここは温泉じゃないんじゃないかと思ってしまったんです。その時、草津って改めて恵まれている土地だなと思いました。

草津の温泉地としてのユニークさに気付いたんですね。

井出:そうです。学生時代は卓球部に所属し、当時インターハイで秋田県に行ったんです。地元のおばちゃんたちが「どこから来たの?」って声をかけてくれたんですが、そのとき「草津だよ」って答えたら、「あ、草津知ってるよ、いい温泉だよね」って言われたんです。あぁ、草津って有名なんだって。そのときちょっと自分が誇らしくなった感じがしました。同じ学校の仲間たちは前橋や高崎から来ていたんですが、その中でも草津の地名だけは知ってもらえてて、嬉しかったですね。

井出生花店 / 井出光治
店内には季節の花々を中心に50種類以上の花が取り揃えられている

草津に戻る際に、生花店を継ぐと決めたのでしょうか?

井出: そうですね。最終的には実家の生花店を継ぐことになりましたが、最初から継ぐために生花をやりたかったわけではないんです。生花販売は裏方業務がとても幅広いんです。でも裏方を知っているからこそ、生花店をやりたいなって。生花店はその華やかさでやりたがる人が多いと思うんですけど、実際に仕事としてやるとギャップがすごいんですよね。私はそれを家業として長年見てきて裏方業務も一通り把握していたので、働きやすいんじゃないかって高校生の時に単純に考えてました。そして25歳の時に草津に帰ってきて、先代のお店を手伝い、5、6年経って先代から「お前が店をやれ」って言われました。

花は生もの。華やかさの裏側にある生花の仕事の難しさ

裏方の仕事は、具体的にどのように大変なことがありますか?

井出:まず、花は生ものなので、すぐに注文が入っても前々から事前に準備しておけないんですよ。たとえば、ある日のオーダーがわかっていても、逆算して花を作っておけないんですね。だから、そのオーダーの日に合わせるために、ギリギリの段取りで夜中まで仕事をして、なんとか仕上げることがよくあります。

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母の日や卒業式・入学式など、注文が多く入る日は時間との勝負だ

それはかなり大変ですね。

井出:特に葬儀や結婚式、誕生日などはその日その時が大事ですから、その日のために集中して準備しないといけない。母の日のように注文が集中する日でも、1週間前に準備しておけば大丈夫だろうと思われるかもしれませんが、生花で1週間前に作ったものでは母の日に販売するともうしおれてしまっているんです。少しでも長い時間楽しんでもらえるよう、お客さんには最適な状態で花を届けたい。そうなると、前日にその日に必要なものを全部仕上げなければならないんですね。しかも、急に人手を集めることはできないので、結局スタッフ達で夜中から朝まで仕事をして、全部の準備をしなくてはいけないんです。さらには温度にも気をつけないといけなくて、冬場などの寒い日には店の中の温度が上がらず花が開かなかったり、逆に暑ければ傷みが早く進んでしまう。花の品質管理は難しいので、温度設定にも細心の注意を払っています。

確かにデリケートですね。花の種類が多いと、品質管理も難しそうです。

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旬のある生ものだからこそ、丁寧に取り扱わなくてはいけない

井出:その通りです。たとえば書店や文房具店なら、商品が売れてから仕入れることができますが、花は1週間経つと、もう販売できる状態ではありません。旬の時期がすごく短いので、ピンポイントで仕入れないといけない。扱いが本当にデリケートで、いつも気を配っていないと大変なんです。

本当に繊細ですね。そんな生花店を「やっていてよかった!」と思う瞬間を教えてください。

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お客様の喜ぶ笑顔が井出さんの働く原動力になっている

井出:やっぱり、誕生日の花束を届けた時の受け取った人の笑顔だったり、葬儀の花を届けた時に、もらった人の感謝の気持ちを感じられることですね。直接的な反応が見れるっていうのが大きな魅力です。また、花は手をかけると長持ちするし、しっかりきれいに咲いてくれるんですよ。サボることができないので、やりがいも大きいです。惰性で仕事ができないっていうのが、逆に良いところだと思います。

助け合いの精神が世代を超えて受け継がれてきた

草津には生花店が何軒かあるんですか?

井出生花店 / 井出光治
団体旅行中心から個人旅行や日帰り客へとシフトしており、客層にも変化が生まれた

井出:はい、2店舗あります。私が中学の時にはもうありましたね。町が小さいこともあって、みんながお互いに助け合っているような感じで、共存するという意識が強いですね。

先代から店を受け継ぐことになった際、井出生花店をどのようなお店にしたいというビジョンはあったのでしょうか?

井出:正直に言うと、受け継ぐ時にはもう経営の基盤がある程度完成していました。地元の方々や旅館に購入いただくことが多いですが、最近では観光客にも購入いただく機会が増えました。たとえば「誕生日だから温泉に行こう」とか、「還暦だから旅行に行こう」っていう小団体や個人の旅行が増えています。その際に花束が演出として使われることが増えてきました。

SNSの影響はありますか?

井出:ありますね。InstagramやX(旧:Twitter)を使うようになって、お客様からSNS宛にダイレクトメールをもらったりしています。ホームページも立ち上げて10年以上経ちましたが、それが多くの人に見られるようになってきました。先日も、SNSを見て立ち寄ってくれたお客様がいたりと、SNSの影響を感じますね。

草津にUターンして実感した「草津の魅力」とは何でしょうか?

井出生花店 / 井出光治
(左)奥様の美津代さん。息子夫婦とともにお店に立つ日も多い

井出:草津の魅力は町の規模がコンパクトなことです。生活に必要なものがすべて徒歩圏内に揃っていて、たとえばこの店からだとバスターミナルまで1分、役場まで1分、銀行まで2分と、どこに行くにもすぐに行ける距離が便利です。都市部では、駅が近いけど銀行は遠かったりしますが、草津ではそれが一体化している感じです。車を所有してなくても生活できる点も、住みやすいところですね。あと、草津は観光地だから、基本的にみんなウェルカムな気持ちを持っている人がたくさんいます。お客様を受け入れる町ですから、みんな親しみやすいキャラクターの人が多いと思いますよ。

それは素晴らしいですね。特に地域のお祭りなどでは、人々が一緒になって頑張るという意識が強いと感じます。

井出:20年前はその感じがもっと強かったですね。町のみなさんが一丸となって頑張ろうという意識が強かったイメージがあります。今はそれが当たり前になっていて、むしろそれが普通だと思ってしまっていますね。町外の方は、それでも「結束力が強い」と言ってもらえるのはうれしいことですけど、私たちにとっては小さい町なので、当然のことなんです。

なるほど。では、草津町で働くモチベーションについてはどうでしょうか?

井出:草津は働き者の人が多いですね。昼間は旅館で仕事をして、夜も飲食店で仕事をするようなダブルワークする人は多く見受けられます。お互いに顔見知りが多いので、その中で情報が入ってきたりして、人手が足りなかったり、困ったことがあったら助け合うという精神が自然に生まれているんでしょうね。

井出生花店 / 井出光治
草津町役場の裏手に店を構える。店内は色とりどりの花が陳列する

ダブルワークをする背景には何か特別な理由があるのでしょうか?

井出:そうですね。ダブルワークを認める企業が増えてきて、給料をベースアップできない分、別の仕事をしているというのが一般的です。ただ、草津に訪れる人たちも、ここで何とか働きたい、地域の発展に貢献したいというモチベーションを持っている人が多いように感じます。一方、草津には観光としての遊びの場所ではなく、普段の生活の一部の遊びの場所が少ないので、草津に住んでいる人たちは、暇つぶしや余暇をどう過ごすかに工夫をしているんです。その中で、仕事が増えることで生活が安定し、さらにモチベーションを保っていると思います。

そのモチベーションはどこから来ているのでしょう?

井出:それは、やはり仲間ですね。地元の人や働く仲間と共に活動しているからこそ、モチベーションが上がるんだと思います。今、草津に来ている人たちも、本当に純粋に働きたいという気持ちで来ている人が多いです。その熱い気持ちが、周りにも良い影響を与えているんだと思います。

インバウンド・若者客増加で変化する草津温泉、課題を乗り越え更なる発展へ

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観光客の増加に伴い、人手不足という大きな課題も抱えている

草津は昔から団体旅行が多かった場所だと思いますが、今はどんな客層が多いのでしょうか?

井出:確かに昔は団体旅行が主流でしたね。草津にはたくさんの旅館があったので、宿泊するお客さんの層が住み分けられていました。団体のお客さんを受け入れるホテルも決まっていて、ある程度分かれていたんです。今は団体旅行のシェアが減って、個人の宿泊客を多く入れる方向にシフトしています。たとえば、宴会場を小部屋にして、小さいグループを多く取るようになっていたりとかですね。

最近、若い人たちが草津に訪れている話もありますが、どう感じますか?

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花選びで困ったときには、気軽に相談してみてほしい

井出:そうですね、若い人たちは確かに増えているように感じます。実は、湯畑を舞台にしてプロポーズする人は本当に多いんです。ここでプロポーズをしたいからと花を頼まれることもありますし、時にはプロポーズの瞬間を動画に撮ってほしいという依頼も受けることがあります。草津自体が非日常的な場所ですから、その特別感が成功を後押ししているんだと思います。ちなみに、湯畑でのプロポーズは多い時は、1日に何件も重なるときもありました。

草津はどうしてこれほど長年愛され続けているのでしょうか?

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井出生花店の愛らしい看板犬。お客さんをお出迎えしてくれる

井出:私が思うに、草津は「旅行しやすい」という点が大きな魅力です。たとえば、車で簡単に来ることができ、駐車場に車を止めたら、すぐにいろいろな場所にアクセスできます。草津は小さなエリアに凝縮されているので、ご飯を食べたり、温泉に入ったり、観光地を訪れたりするのがとても便利なんです。また、バスも東京、埼玉、神奈川から乗り継ぎなく来ることができるのも魅力的ですね。私も、息子の友達が遊びに来た時に気づきましたが、歩いていける距離で足湯に入ったり、団子を買って食べたりすることができるので、便利で楽しい場所だと思います。

それだけ手軽に遊べるという点も、草津の魅力ですね。

井出:そうですね。どこへ行くにも歩いて大体10分圏内というのが草津の良さです。狭い範囲にすべてが詰まっているので、若い人たちも楽しめるし、特に足湯や温泉を楽しむために訪れる人が多いんじゃないかと思います。

そんな草津町にも課題はあるのでしょうか?

井出生花店 / 井出光治
町の目指す入込客数400万人がいよいよ現実味を帯びてきている

井出:いろいろな視点があると思うんですけど、やっぱり一番の課題は人口減少だと思いますね。もちろん草津には住所がないけれど、マンションなどに住んでいる人たちも多いので、全体的にどうなのかというのはちょっと疑問ですが。でもやっぱり人口が減ると、空き家が増えてきてそれも問題になってくるんです。

人口が減る中でも、観光客の数は年々増加していますね。

井出:ええ。メディアで取り上げられることも増えていますし、それに伴って観光客も増えています。昔の草津にはトップシーズンとオフシーズンがあり、オフシーズンには従業員が休みを取ったり、建物等のメンテナンスがあったりしたんですけど、今はオフシーズンがほぼなくて、ずっと忙しい状態が続いています。だからこそ、働く人が足りないという問題も出てきていますね。

草津ではインバウンドへの取り組みはどうでしょうか?

井出:インバウンドへの取り組みは、他の観光地と比べると国内・海外の割合いでは弱いかもしれません。観光協会のアプリやホームページでは一部対応していますが、町内の看板や表示は外国人には分かりづらいことが多いですね。たとえば、店の名前や看板などが外国語で表示されていないと、外国の方々は困っているように見受けられます。また、外国人の方々のマナーや文化には違いがあります。それが原因で、日本人と外国人の間で摩擦が生じることもありますが、これは文化の違いによるものです。お互いに歩み寄っていくことが大事だと思います。

観光客だけでなく、外国人労働者も増えていると聞きます。

井出:そうですね、働き手として増えており、外国人の方々の生活基盤が少しずつ整ってきています。たとえば、外国人向けのスーパーができたり、多国籍の飲食店が増えてきたのもその一例です。また、ゴミの分別が難しいという問題には、彼らが読むことができる「ひらがな」で表記をして、少しずつ理解してもらえるように工夫していますね。実際に私が外国で働くとしたら、まず外国の言語を覚えなければいけないし、生活がすべて違うということに抵抗を感じるかもしれません。でも、外国から来た人たちは、それを乗り越えて頑張って働いているわけです。だから、もっとお互いを尊重する気持ちが大切だと思います。

生花店として、今後草津温泉にどのように携わっていきたいですか?

井出:贈る人の想いを彩り、受け取った人の感情に触れることができるこの稼業は、私にとって大きな生きがいです。観光業とはカタチは異なりますが“おもてなしの空間”を作りだすことができる生花の魅力は奥深いものがあります。地元の人や働く仲間と一緒に草津を彩る存在として、町の賑わいを守っていきたいですね。

井出生花店 / 井出光治

井出生花店

アクセス:草津温泉バスターミナルから徒歩3分
住所:群馬県吾妻郡草津町草津23-2
営業時間:8:00~19:00
定休日:不定休

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