
直井新吾さん
草津は「どんな人でも受け入れてくれる」場所。“人”としての歴史の積み重ねで今がある

直井さんが純粋に思う、昔と今の草津の違いはどんなところだと思いますか?
直井:温泉地ではありがちなのかもしれないけど、一昔前はいろいろな事情を抱えて地元を離れた人が、仕事と住む場所を求めて草津へやってくることが多かったんですよ。今は純粋に草津という場所が好きで移住してくる人も多いけどね。だから、自分のことはあまり表に出さないように暮らしてた人が多かったんじゃないかな。
それに、基本的にはやっぱり田舎。もちろん観光地だから情報量は多いけれど、“人”としては田舎気質ですよ。ただ、“井の中の蛙大海を知らず”なところが、ここ10年くらいで「ちょっと薄れてきたな」っていう印象があって、それが結果的に年間の観光客が370万人になったことに繋がるのかな。
一方で、草津の方たちは「面倒見が良くて人としてあたたかい」という印象を受けます。
直井:基本的には世話焼きが多いんですよ。それと何か聞かれると必要以上に答えちゃう(笑)。もしかしたら「ちょっと変わった人だな」と思われるかもしれないね。そういえば、草津の町民勲章は『歩み入るものにやすらぎを 去りゆく人にしあわせを』という言葉なんです。あぁ、これって結構草津にぴったりな言葉なんだなぁと思ってね。
確かにそうですね。そして、町全体をみんなで協力しながら作り上げるという意識を感じます。
直井:そうそう、何かあった時に喧嘩になったとしても、ここぞという時は一致団結する。それができるのは草津の“人“としての歴史の積み重ねかもしれないな。
今まで町外に出ずずっと草津在住なのですか?
直井:はい。中学卒業後は県立長野原高校へ進学して、卒業した後は家業を手伝うためにまた草津へ戻りました。親父が廃棄物処理法ができる前からゴミ収集の仕事を草津でやっていたんですよ。それは今でも事業として続いています。

町の大切なインフラ整備ですよね。当時の思いとして大変だったことはありますか?
直井:正直大変と思ったことはないんですよ。ただ、世間から見ると“ゴミ集め”に対してよいイメージがなくて、周りからいろいろ言われることはありました。でも、自分としては親父がやりはじめたことを一緒にやってきて、自分の仕事に誇りがあったから全然気にならなかったですね。
ゴミ収集を通して、時代の変化も感じているのではないでしょうか。
直井:そうですね、「エコ」とか「リサイクル」を意識した社会になってきましたから、いかに草津で出るゴミをリサイクルできるのかという課題に、今は町議という立場から一生懸命取り組んでいます。ヨーロッパでは「SDGs」に取り組んでいるかいないかで旅行先を決める風潮もあるので、そういう中の選択肢のひとつとして選ばれる観光地にしなきゃいけないなと。
父と同じ町議会議員の道へ。町民との対話の大切さを実感

ごみ収集事業を長年やってきた中で、2023年に町議会議員に立候補され、見事トップ当選されました。そもそもなぜ町議会議員に立候補しようと思ったのですか?
直井:実は親父も町議を長年務めてたんですよ。7期くらいやってたのかな。それを長年見てたから「絶対やりたくない!」って心底思ってたんだけど、いろいろな人から「やってみて」って言われ続けて、その度に断ってた。だけど、ある時町長が家にやってきて、一緒に住んでる家族を説得し始めたんですね。
周りから固められてしまったのですね(笑)
直井:家族から「お父さんもやってたんだからできるんじゃない」と説得されてね。最終的にはその一言で出馬を決めました。
お父様の苦労を見てきた上で町議会議員になった時に感じたことは?
直井:やっぱり議員バッジを付けたことによって「大変なものを付けてしまったな」という責任への意識が強かったかな。
具体的にはどのようなことが大変だと?
直井:町民が要望しているものはできるだけ実行しなくてはならないと思うんです。でも現実的にできないことも出てくる。「どうしてできないんだ」ってお叱りを受けることもあるけど、そうなった時にきちんとできない理由であったり、「こういう範囲だったらできますよ」と丁寧に説明することが大切なんです。もしかしたら簡単な返事で済ますこともできるかもしれないけど、私の性分としてそれじゃダメだ、と。
私は役場や商工会は1日1回必ず出向いて話を聞いたり政策についての意見を聞く、町長とも対面で話をする、ということをしてる。これが普通のやり方かどうかは分からないけど、そうしないと自分自身が納得できないんだよね。
直井さんは草津町商工会の会長も歴任されていたんですよね。
直井:そう、2024年の6月が任期だったのでそこまでやらせてもらってました。商工会って入ってもらったとしても、会費を払うだけのメリットを感じにくいんだけどね……。ただ、商工会で配っている冊子を見てもらうと、「こんなことやってるんだ、こんなお願いできるんだ」というのが具体的に分かってもらえるはずなんです。いろいろな情報提供もできるので、ぜひ相談に来てもらえたら、と思っています。

会長時代は具体的にどんな取り組みをされていたのでしょうか?
直井:湯畑の前に大きなクリスマスツリーがあるでしょ。あれは青年部の会員さんたちが「草津の街に季節感があるものを取り入れたい」と発案してくれてはじめたものなんです。クリスマスツリーをやり始めてから、一段と人が集まるようになりましたよね。町民憲章の『歩み入る者にやすらぎを』を形にした結果だと思います。使っているモミの木は町が「自然のものを取り入れて自然にかえす」というスタンスなので、県産材を採用しています。
草津町商工会ではマルシェなどの催しもやられていますよね。
直井:そうですね、草津町の飲食店や商店が露天で出店する「湯畑マルシェ」は20年近く続いていますよ。以前は年1回のペースだったのですが、最近は春にマルシェ、秋に商工祭という年2回のスタイルで開催しています。とにかく、草津に訪れた人たちに楽しんでもらいたいという一心でやっています。
苦難の時を乗り越えて言えるのは「町民が笑顔でいることが一番」ということ

直井さんが長年見てきた草津にも転換期があったのでしょうか?
直井:2018年に起きた草津白根山の噴火や、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあって、旅館さんをはじめとする町内の観光施設の売上がガクッと落ちてしまった。その頃から町をあげて何とかしようという空気が生まれてきたように感じます。
そういうところもしっかり見られていると?
直井:一時草津に派閥みたいな存在がいて、雰囲気が悪い時代もありました。私が思うに、まずは町民が笑顔でいなければダメ。町民が喧嘩して嫌な顔をしてるとお客さんが寄り付かなくなってしまう。外から訪れる人はそういうものを敏感に感じ取るものなんです。だから、そこそこ商売をする人が儲かって経済的に豊かになれば、みんながニコニコして商売がうまくいく。だからそういう流れを目指したいな、とシンプルに思っているんです。

素敵な考えですね。直井さんから見て、草津の方の人柄はどんな風だと?
直井:流行を追うのが好きなんじゃないですかね。あとは、やっぱり苦労してる人が多い分、そこをネガティブな思考じゃなくてポジティブに変えていける人が多いのかもしれませんね。愚痴を聞かされることもあるかもしれないけれど、私もいろんなところで「ポジティブにいけよ、ネガティブに考えるなよ」って話をさせてもらうんですよ。考え方は十人十色ですけど、どうせなら「草津の人ってポジティブだよね」って思ってもらったほうが平和じゃないですか。
インフラを整えて、テーマパークのような“夢のある温泉地”を目指す

これから一番に考えなくてはならない草津の課題は何だと思いますか?
直井:そうですね、「草津が観光客を受け入れられるキャパシティってどのくらい?」っていうことが議題によく上がるんだけど、収容能力というよりも、観光客が快適に旅行できるような観光インフラの整備が重要だと思ってるんです。大手のリゾート開発が進出してきたり、これから仮に観光客が年間400万、500万人と増えても、宿泊施設、観光施設の設備やサービスが間に合っていなければ手の打ちようがないんですよ。
それには労働力の問題やお金の面でも課題がでてきますよね。
直井:だから「働き方改革」といわれているけれど、人口がどんどん減っていく中では、もっと働きたいと思っている人の意欲まで削いでしまうのは問題だと思うんですよ。リゾートバイトの人に「草津って住むにはどうかな?」って聞くと、「温泉はいいんですけど、住むにはちょっと……。」と尻すぼみしてしまう。その理由は、遊ぶ場所や買い物する店がないと話すんです。確かに、ゴミの収集をしてると通販サイトの段ボール箱がとても増えているんですよね。つまり、観光客が払ったお金が町内で動いてるわけでなく、県外に流出してしまっているという典型的な例だと思います。
なるほど。町民が楽しめるコンテンツが必要なのかもしれないですね。
直井:先日、中学生が議会に参加する「中学生議会」に参加したんですが、「草津にショッピングモールを作って欲しい」という要望が出てね。それは行政でやるのは難しいんだよ、という話をしたところなんです。一方で、みんなが映画を観に行ったり、買い物に出かけたいわけじゃない。そうなると全員が満足するものって何なんだろう?って思うんだけど、明快な答えが出せない課題ですよね。

草津のこれからについて、直井さんが目指すビジョンを聞かせて下さい。
直井:今から20年くらい前かな、「東京ディズニーランド」や「東京ディズニーシー」ができたんだから、草津にも「草津ディズニーマウンテン」作ってもらえばいいじゃない、っていう冗談を話したんですよ(笑)。そんなことができる可能性は低いんだけど、要は“観光地=テーマパーク”なんじゃないかと思うわけです。いろいろなことを常に進めていかないとダメだし、立ち止まったら終わり。だから草津を“夢のある温泉地”として売っていかなければいけないんだろうなと。
ありがたいことに観光経済新聞の「にっぽんの温泉100選」でも22年連続で1位になってますが、これからナンバーワンにならなくても、観光客に喜んでもらいながら、同時に町民の生活も良くすることが大切じゃないかな。自分より下の世代にも同じ考えをもって取り組んでもらえたらいいですよね。
草津という場所を、愛を持って俯瞰的に見ている直井さん。長年さまざまな角度から町を見てきたからこそ、ひとつひとつの言葉に重みがあり、ユーモアの中にも説得力に富んだ話に頷くことばかりでした。