マルシェで「人の温かさ」を見える形に



草津といえば、日本有数の温泉地だ。歴史ある旅館や飲食店が並び、全国から観光客が訪れる。しかし、ひなさんは、このまちの魅力は別のところにもあると話す。
「草津って、お店の規模とか肩書きよりも、“その人自身”が面白いまちだと思うんです」
趣味の温泉巡りをきっかけに神奈川県から草津町に移住したひなさん。今年で4年目を迎える暮らしの中で、彼女が何よりも気に入ったのは「人の温かさ」だった。さまざまな人と出会って感じた、草津町の魅力。それを、見える形にして多くの人に知ってほしい。CO-AKINAIマルシェは、そんな想いから生まれた。


「ただのお買いものじゃなくて、出店者のかたに会いにきてほしいんです。やっぱり、人が一番の魅力だから」
人と人が出会って、つながる。その先で、新しいコラボレーションや仕事が生まれるかもしれない。ひなさんは「このマルシェを、何かが始まる“起点”にしたいと考えているんです」と話す。

そして、開催場所がコワーキングスペースであることにも意味がある。
草津温泉コワーキングは、日々さまざまな人が行き交う場所だ。リモートワークをする移住者、息抜きにコーヒーを飲みにくる地元民、予定までの待ち時間に利用する観光客。たくさんの人が集まるこの場所で、利用者同士、ふとした会話が生まれることもある。自宅だけ、職場だけ、観光だけでは巡ってこない出会いが、この場所には積み重なっている。
マルシェをコワーキングスペースという“普段から人が関わり合う場”で開催することで、このイベントは「ただの買い物」という一過性のものではなく、まちで顔をみれば挨拶をするような、ゆるやかな関係を育ててくれるものになるかもしれない。
CO-AKINAIマルシェは、この場所だからこそ生まれた、「人と人のあいだの時間」をひらく試みでもあった。

安心して参加できる場をつくるために、顔を合わせて進めた準備
実はこのマルシェ、企画が始まったのは2026年の1月末。開催のわずか1か月ほど前だった。
きっかけは、新潟県のチューリップ農家「Vista」さんと、草津温泉コワーキング立ち上げ時から関わるメンバー・せっちゃんの出会い。彼女が「コワーキングで何かできないかな?」とひなさんに相談を持ちかけたことから、マルシェの開催が決まった。

当日まで時間がない中、準備は急ピッチで進められていく。「けっこう大変でした」と振り返るひなさん。それでも、彼女が大切にしていたのは、スピードよりも“安心して参加できる場づくり”だった。
「初めての開催なので、出店者さんが不安にならないようにしたかったんです」
草津が大好きな彼女。声をかけたい人やお店はたくさんあったはず。しかし、いきなり規模を広げすぎれば、このマルシェの意図がぼやけてしまう。だから、まずは小さく始め、出店者たちに丁寧に向き合っていくことを選んだ。
ひとりひとりにコンセプトを伝え、事前に会場の案内も行ったという。町内の出店者にはコワーキングまで直接足を運んでもらい、遠方の出店者とはテレビ電話をつなぎ、会場の動線やブースの位置を共有したり、困りごとはないか尋ねたりと、誠実にコミュニケーションを重ねた。
「顔を合わせて楽しみながら営む」
彼女は、準備の段階からそれを体現しようとしていた。
そうした準備を重ねる中で、大きな支えとなったのが、草津町婦人会の存在だった。
ひなさんが新しいチャレンジをすることを知った婦人会のメンバーが、「ぜひ協力させてほしい」と声をかけてくれたことで、町内の回覧板を通じてイベントのチラシを配布することができたのだとか。そのおかげで、コワーキングのメンバーだけでは届ききれなかった層にも情報が広がり、マルシェは少しずつまちの中へと開かれていった。

移住者たちの出店ストーリー
当日、出店者のかたの中から、草津町で暮らす2名にお話を聞いてみた。彼らが草津に暮らすようになったきっかけ、草津で商いをする理由を深ぼってみると、それぞれの草津に対する想いが見えてきた。「ただ買い物するだけではなく、人に会いにきてほしい」と言っていたひなさんの想いを借りて、こちらのレポートを通して、草津で暮らす人々のストーリーをお届けする。
「白狐商店」大村智英さん
~10年間通い続けたこのまちで、今度は迎える側になる~

まず最初にお話を聞いたのは、お土産や射撃、軽食やお弁当を手がける「白狐商店」の大村智英さん。今ではすっかり草津に馴染んでいる大村さんだが、もともとは“観光客として通っていた側”の人だった。
「草津の温泉が大好きで。10年前からずっと通い続けていました」
移住する前は、東京から草津まで、年に5、6回のペースで通っていたという。来るたびに知り合いが増え、飲み屋で言葉を交わし、温泉の入り方を教わった。そんな時間を重ねるうちに、このまちとの距離が少しずつ縮まっていった。3年前、空き家の片付けを手伝ったことがきっかけとなり、草津に移住してお店をはじめることを決めた。その空き家を改修してできたのが「白狐商店」だ。
開店当初はお土産屋と射撃屋からのスタートだったが、2025年5月から、趣味の料理を活かして軽食の提供を始めた。12月になると、評判を聞きつけた草津町の女将会から「試しにお弁当の配達をしてみない?」と注文を受け、お弁当の配達もスタート。今では町内の旅館や会社に日々お弁当を届けている。
「まちの人たちに背中を押してもらえるおかげで、できることがどんどん増えていくんですよね」
くったくのない表情でそう語る大村さん。肩の力の抜けた雰囲気も、周りの人たちが彼を手助けしたくなる魅力のひとつなのだろう。

マルシェ当日、店頭では上州和牛を使った牛丼の販売を行っていた。「おいしそうで、つい立ち寄っちゃいました!」と牛丼を頬張っていた観光客の大学生たち。帰り際、「あとで射撃しに行きます!」と大村さんに声をかけていく姿に、お店と人の距離の近さを感じた。
10年間、迎えられる側として通い続けたこの場所で、今度は迎える側として暮らしている。大村さんは今、草津のまちの風景をつくる一員になっている。
「The Essential Market」北岡大地さん
~草津で暮らす東南アジア人のライフラインになる~

次にお話を聞かせてくれたのは、東南アジアの食材を扱う「The Essential Market」を営む北岡大地さん。ネパール人を中心に東南アジア出身者が多く働くこのまちで、彼らの“母国の味”を届ける専門店をオープンした理由はなんだったのだろうか。
東京出身の北岡さんが草津町へ移住したのは、勤めている人材派遣会社で草津支店の責任者になったことがきっかけだった。このまちで、ネパールやベトナムから来た人たちを旅館などの派遣先へ送り出す仕事に携わり、9年が経つ。
慣れ親しんだ東京を離れ、突然スタートした草津での生活。「最初の1年は、つらかったですね」と正直に話してくれた。しかし、消防団やお祭など、まちの活動に参加して知り合いが増えていく中で、草津を好きになっていったという。そして同時に、日々接していたネパールの人たちへの想いも、仕事を越えたものへと変わっていった。
「せっかく草津に働きに来てくれたのに、うまく生活できずに離れてしまう人を減らしたかったんです」
2024年7月に「The Essential Market」ができるまで、東南アジアの食材を手に入れるためには、高崎や前橋まで足を運ぶ必要があった。草津町からそれぞれの町までは車で2時間ほどかかる。彼らの負担を少しでも減らしてあげたいと考えたのが、お店をはじめることにした理由だった。

今回のマルシェでは、草津に来て3年になるネパール出身のビマルさんとともに店頭に立った。「1000個仕入れてもすぐに売り切れてしまうんです」という人気商品、ネパールのインスタントラーメン「WAIWAI」の試食と、手作りのチャイの試飲を行い、それらをきっかけにブースを訪れる人は絶えなかった。
草津で暮らすネパールの人たちが足を運び、慣れ親しんだ味を手に取る様子が見られた一方で、日本人の来場者も初めての味に挑戦している。そこには、国籍を越えて同じ場を楽しむ交流の風景が広がっていた。
北岡さんの取り組みは、このまちに暮らすネパール人やベトナム人のライフラインを作りながら、人々に異文化を届ける架け橋となっている。
人の温かさが垣間見えた、ゆるやかな交流
午後になっても寒さは衰えなかったが、会場内はゆるやかな賑わいが生まれていた。



各ブースでは、試食や会話を通じて、出店者とお客さんが交流を深める光景が広がる。「いろんな人と知り合えてよかったです」「近くのお店の人と仲良くなれました」出店者たちの声からは、モノを売る以上に、人との繋がりを楽しむ様子がうかがえた。
そんな中、印象的だったのが、協賛として参加していた婦人会のメンバー。町内外問わず訪れるお客さんたちに、手作りのベーグルを配りながら、草津の魅力や今後の取り組みついてPRしている。彼女たちのパワフルさが会場の雰囲気を盛り立てていた。

「コーヒー飲みました?」「2階にもお店あるから2階も見ていってくださいね!」と会場内を目いっぱい楽しんでいただけるように行動を促す場面も。その姿は、ひなさんの言う“草津町で暮らす人の温かさ”を表しているように思えた。
そんな様子を笑顔で見守っていたのは、宮崎公雄町長。草津温泉コワーキングが手がける新しいチャレンジをひと目見ようと、忙しい合間を縫って駆けつけてくれたのだ。「草津を盛り上げるイベント、大賛成です。応援しています!」と激励の言葉を送っていた。

また、マルシェをきっかけに初めてコワーキングに足を運んだというかたも。話を聞いてみると、「長年町内に住んでいても、意外と新しいスポットに行く機会って少ない。こういうイベントを通じて、この場所を知ることができてよかった。今度、子どもと一緒に使ってみようかな」と草津温泉コワーキングに前向きな印象を持ったようだった。
草津温泉コワーキングを、小さなスタートを切れる場所に
初めての開催となったCO-AKINAIマルシェ。イベント終了後、ひなさんに感想を聞くと「まちの方も観光客の方もたくさん来てくれて、交流を楽しんでくれてよかったです」と確かな手応えを感じていた。
丁寧に進めた準備や、出店者の理解、婦人会を中心としたまちの方の協力を得て、みんなで力を合わせてマルシェを作れたことが、当日の成功に繋がった大きな要因ではないだろうか。


一方で、課題も見えてきたとひなさんは言う。
運営をしながら自身も出店者として参加をしたことで、全体を見る余裕が持てなかったこと。準備期間が短かったことで出店者の調整や、衛生面の許可どりなどの難しさがあったこと。そんな課題が見えたからこそ「今度はもっとスムーズにやれると思います」と次回の開催を前向きに検討する発言が伺えた。
「草津で何かをやってみたい人が、気軽につながりを持てるようなイベントになったらいいなと思うし、このコワーキングを、草津生活をはじめるための“小さなスタートを切れる場所”にしていきたいです」
雪の日に始まった、小さな実験。
CO-AKINAIマルシェは、このまちでチャレンジをはじめる入口として、今後も続いていく。